【奇跡講座】 気づきメモ ~Humming~

「欠乏」の夢から目覚めると、「愛」そのものがわたしたちでした。

2023-01-01から1ヶ月間の記事一覧

マニュアル編 四.神の教師たちの特徴はどのようなものか Ⅱ. 正直さ

私は個ではなかった。 そうだった。 昨日は、個人の世界に閉じこもっていた。 神の子という「一貫性」。 全人類のための選択。 個人を脇によければよけるほど、「正気」の目で見渡すことができる。 何が大切で、何が大切ではないか。 形は幻だから、大切もな…

マニュアル編 四. 神の教師たちの特徴はどのようなものか A. 信頼の進化

自我の不安定さに翻弄され続ける。 もう嫌だ、ほとほと嫌だ。 つい、馴染み深い罪意識と連動している自我という脆さの方にしがみついてしまう。 その弱さや卑怯さに嫌気がさす。 ムキになる。 もう、自我でいるふりはやめよう。 悠然さ、壮大さをゆるそう。 …

マニュアル編 四. 神の教師たちの特徴とはどのようなものか

これまでの人生を「自我」的にながめると、とてもじゃないけど、がっかりする。 あれもダメだった、これも失敗した、あれは選択ミスだった、これは運が悪かった・・・・・。 ジャッジして、覆って、隠したくなるし、挽回したくなる。 でも、正気を取り戻し、…

マニュアル編 ありとあらゆる機会が救い(三. 教えることにおけるレベルとは何か)

あらゆる機会を「無垢」と見る。 なにもかものルールや責めから解放し、解放される。 なにもかもが優しい。 「身口意」とは「教えて学ぶ状況」と同じことなんだなぁ。 素直なままいていい。 ホッとする。 ・・・ 三. 教えることにおけるレベルとは何か 神の…

マニュアル編 時間は幻想、愛は永遠(二. 生徒たちとは誰のことか)

愛は分かれていない。 愛は全体。 だから、自我は排除する必要はない。 ただ、自我は愛に解体されて溶けていく。 慌てて消す必要などない。 自我は表れて、揺るぎないおおらかな愛の中では簡単に溶ける。 その簡単さを受け入れたい。 この選択の中にいたい。…

マニュアル編 一.神の教師たちとは誰のことか

「マニュアル」を読むと楽しい気分になる。 なんて力強い手引書なんだろう。 あんなに焦って生きてきた日々を、今、癒し、赦し、解放している。 この癒し、赦し、解放、はわかち合われる。 今心に焦りや苦しみがあるとしたら、見る必要のないところをただ見…

「奇跡講座」教師のためのマニュアル 「序文」

ワークブックの4巡目が先日終わり、ようやく、今度は「マニュアル」を、ここで記していきたいという気持ちになれた。 ワークブックの4巡目の終わりごろ(レッスン200あたりから)、まだわずかにだけど「真理」を疑っていた、その感覚が消えた。 そして…

(レッスン365)

外に掴むものはなく、内側に全てが含まれている。 うるわしさ、甘やかさ、充足感、喜び、親密さ、叡智。 全部あった。 これを、認めてわかち合う。 これが機能。 空という生命そのもの。 そこにゆだねられたままを意志し続ける。 私をゆだね続ける。 御心の…

(レッスン364)

愛の永遠のおおらかさに休らう。 愛で笑う。 染み入る静けさ。 畏怖と祝福。 ・・・ ワークブック レッスン365 聖霊よ、この聖なる瞬間をあなたに捧げます。 あなたが主導してください。 あなたの指示は私に平安をもたらすと確信しつつ、私はあなたの後に…

(レッスン363)

深い深い夢だった。 罪のなすりつけ合いの夢。 そして覚める気がなかった。 夢だと気づいてからも、夢を見ようとし続けた。 だけど夢は夢だった。 霞の中でむきになればなるほど、虚しさしか感じられないと身に染みた。 強く強くつぶっていた目をゆっくりあ…

(レッスン362)

気づきは共有の財産。 これは隠すものではない。 そもそも隠されてはいない。 隠されていないものを隠さないことが自然なこと。 自然に逆らわない、と決める。 全体性という愛そのものを、単純に「はい」と認める。 それが全体としての機能なんだ。 ・・・ …

(レッスン361)

ゆだねること。 自分を兄弟を「愛」だと認めること。 このあまりにも自然で当たり前で優しくて美しい方法を、もうやめる気はない。 それ以外の生き方はできない。 する必要と理由がない。 ありがとうございます。 ・・・ ワークブック レッスン361 聖霊よ…

(レッスン360)

自分が作った解釈の世界から離れると、平安の中だと気がつく。 それだけのことだった。 驚愕し、落乱し、そして笑ってしまう。 長い旅の終わり。 そしてこれからは「かくあれかし」と喜び、祝福しよう。 ・・・ ワークブック レッスン360 神聖な神の子で…

(レッスン359)

本当にすべてを誤解してきました。 「そうである必要はないと知りなさい」(テキスト第4章 Ⅳ.2:2) 自我の気まぐれで不安定な感覚を土台にしてきました。 心がさまよっているのを、ただ積極的に退けるだけでした。 そうすれば、いつでもゆるぎなさに包ま…

(レッスン358)

世の中の心配事が本当は「無」だったことを認めるのが難しい。 私と思っていたものも「無」だったよ。 私というものは「無」。 ガーーン、だけど、ほんのり嬉しい。 何かあると思っていただけ。 何もかも「無」だったよ。 そして、そのかわり、全て神に与え…

(レッスン357)

家族や子供、友達、共に真理を学ぶ兄弟を見るまなざしがどのようなものだったか? 心あたたまる静かなものであれば、彼らと私をちゃんと見ていることになる。 ザワザワと焦ったり怖かったり苦しいときは、間違った見方をしている。 そんな時は、静かになり、…

(レッスン356)

どんなものでも、限定的なもの、個別的なものは、「分離」から離れないための言い張り。 私は、「わかってほしい」と言う気持ちを強く持っていたけど、その言い張りこそが、「分離」を取り下げない「病」のようなもの。 「わかってほしい」という思いが「全…

(レッスン355)

平安をお預け状態にしていたのは、私。 許可だけだったのに、ゆるす理由に納得のいくものを寄せ集めるのに時間をかけていた。 ゆるしたくない。 ゆるされたくない。 ゆるされるはずがない。 自ら握りしめて離さない罪の数々。 平安でいること、幸せであるこ…

(レッスン354)

神の子としての自覚というのは、「愛」に安らいでいるということと、それは、この世界の「すべて」がそうであるという気づきの中にいること。 そして、そのことを認めるのに、何の努力も必要なかったんだなあ、と認めること。 「個人」「我流」の頑張りを、…

(レッスン353)

目的はひとつ。 「愛」を目撃することだったのだ。 それ以外に目的はない。 何もかもを「正気」の心で見たら、「愛」しか見えない。 「私」の目は、何も見ていなかった。 形の世界で不安を追い続け、あるとかないとかに意識を使い続けていた。 キリストに譲…

(レッスン352)

五感の目を通すと恐ろしく見えていたのに、愛で見たら、全てが満ち満ちていました。 どこまでもあたたかい光が続いていました。 これまで盲目でした。 形に囚われ、形ばかりに気を取られて、その不安定な、あるような無いような、そんな朧げな世界に一縷の望…

(レッスン351)

もともとあった内側の「親密」な感覚。 自分の内側の静かなぬくもり。 それが延長されるままを邪魔しないでいたい。 お気楽だったり、取り繕うのが面倒だったり、単純だったり。 ただ愛おしかったり、楽しかったり、嬉しかったり。 そんなもともとあった無邪…

レッスン350

奇跡を差し出すだけでいいのです。 奇跡を差し出すというのは、奇跡しか起きていないと認めること。 身体に不調が起きたり、社会的、人間関係で何かあっても、それを「良い悪い」で決めつけたり、解釈することをやめて、「わかりません」「おまかせします」…

(レッスン349)

本当に見るところを頑なに見ずにいて、不安定なところに焦点を当てていた。 ただそれだけのことなんだなぁって。 本当に見るところは、なんて見やすいところだったのだろう。 優しくて安らかで静かで美しくて輝いている。 その内側への回帰の延長として、自…

(レッスン348)

「・・・・・・・・・・」 怒り、恐れが、取り去られてしまうと、何も語る必要がなくなる。 これまで、必死に「個人」という罪意識の方に張り付いていたんだなぁ。 この世界をリアルに仕立て上げるために、価値がないものに価値を見たり、解釈に余念がなかっ…

(レッスン347)

怒りは、私が「個人」なんだ!という誤解の解釈から生じる。 自分たちは、愛という「全体」だった、と思い出すと、怒りは速やかに去っていく。 「個人」という限定的な信念があっただけ。 「個人」を守るためにいろんな感情が生じるけど、ただそれだけのこと…

(レッスン346)

忘れていいとゆるされている。 忘れるためにはいったんしっかり思い出し、ふー---っと全部あずけよう。 喜びがわくまで。 ・・・ ワークブック レッスン346 今日、神の平安が私を包み込む。そして神の愛以外のことは、すべて忘れ去る。 ・・・・・ 父…

(レッスン345)

奇跡とは、五感の解釈を通さないものの見方が起こることとも言える。 多い少ない、上下、優劣、良い悪い、きれい汚い、損得、勝ち負け、、、。 相変わらず、自我の世界は騒がしいけど、そう感じるのは、そこに意味を見ているから。 優しいまなざし、正気のま…

(レッスン344)

ゆるしてほしい ゆるさない その心を信じている。 でも、ゆるすゆるさないを作るこの世界は幻。 幻の世界で何が起きているように見えようと幻は幻なのだ。 「真に見る」 これだけが、この限定的な地において私たちに与えられている機能。 そして宝物。 自分…