【奇跡講座】 気づきの記録 ~Humming~

「欠乏」の幻想から目覚めると、「愛」そのものが私たちでした。

【Humming】の由来

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娘が小学生の頃のある日、私に言いました。

 

 「お母さんが機嫌いい時は鼻歌歌ってる時だね。」

 

その頃の私は全く心に余裕がありませんでした。

なので、いつもなら娘の何気ない言葉はスルーしてしまっていました。

 

だけど、その時はそのフレーズが全身に残りました。

 

今となっては、神さまが、

娘の言葉を通して私の人生を引っくり返すために送ってくれたメッセージだと思っています。

 

「鼻歌歌っている時の私ってどんな時だろう?」

 

そう自分に聞いてみました。

 

 ・・・・・

 

その頃の私は、

 

自分を信頼できず、欠乏感、無力感でいっぱい。

 

その心を埋めるために意識は外にばかり向いていて、

 

自分と外の何かと比較したり、

 

自分と外側を裁くことばかりしていました。

 

常に不安、イライラ、恐怖、虚無感、優越感、劣等感で乱れまくっていました。

 

家族や子供達のことも、

 

人間関係も、

 

仕事に対しても、

 

ちゃんと向き合っているようで本当はそうではなかった。

 

世間に置いていかれないように、

 

周りから認められるように、

 

外側の建て前の世界をどうにかすることに必死でした。

 

両親を許せておらず、過去を悔み、未来に不安を感じながら生きていました。

 

建て前の世界を「失敗しないように」毎日毎日ただ”こなしている”ような日々。

 

ひたすら自分と世界と闘っていたのでした。

 

”日常を楽しむ”

”自分を愛し、人を愛する”

”今を生きる”

”純粋・無垢”

”感じる”

 

そんな、「平安」からは程遠い状態。

 

 

これまで身に着けた膨大な「闘いと防衛」のルール・信念で生きている日々!

 

あれしちゃいけない。

これはおかしい。

間違わない様にしなきゃ。

ちゃんとしなきゃ。

急がないと置いていかれる。

きっと笑われる。

人より劣っている。

恥かいちゃいけない。

馬鹿にされないように。

怒られたくない。

嫌われたくない。

負けたくない。

失敗したくない。

ガッカリしたくない。

無視されたくない。

せめて標準に。

認められるように。

大切にされたい。

愛されたい。

 

全部、「戦闘のためのルール(信念)」という分離意識だったのです。

 

色んな記憶や経験で、怖さや罪悪感があり、勘違いや思い込みでこんがらがっている”信念”の数々を土台に生きていました。

 

緊張していて、

力んでいて、

焦っていて、

動揺して、

呼吸は浅くて、

過呼吸で、

罪悪感に苛まれて、

罪と罰でいっぱいの日々。

 

素直さが失われ、

 

自然さが忘れられで、

 

自分にも人にも不信感があり、

 

鼻歌どころではなかったんです・・・。

 

「もうこんな風に生きるのはやめたいです」と決心し祈りました。

 

・・・・・

”日常を楽しむ”

”自分を愛し、人を愛する”

”今を生きる”

”純粋・無垢”

”感じる”

・・・・・

 

こんな風に生きるのに「比較」「闘い」も全く必要なかったのだって、、、。

 

そうして、苦しみや違和感や不自然さを感じたら、それを我慢するのではなく、その状態や感覚の生き方からソッと離れるように。

 

そして、苦しみや違和感、不自然さが去った後の「空」の中にゆだねていると、

 

少しずつ少しずつ、

 

安らかで穏やかな、

 

そして、思わず鼻歌が漏れ出すような、気楽さが生まれ始めたのでした。

 

・・・・・

 

 【Humming】という名前は、このような経緯から生まれました。

 

日常を楽しむ”

”自分を愛し、人を愛する”

”今を生きる”

”純粋・無垢”

”感じる”

 

 

鼻歌歌いながら無防備でいて、

 

感じることを素直に感じ、

 

鳥や風の音に耳を傾け、

 

足を止めて道端の草花をゆっくり眺め、

 

肌に当たる空気を感じ、

 

季節の香りを楽しみ、

 

自分の身体の温もりに委ね・・・・・。

 

そのすべては、

 

一つらなり。

 

時間や空間という”闘争の信念”をそっと手放し、

 

故郷である「愛」と「光」の中へ。

 

 

 

 

娘を通して導かれたこの想い。

 

いつも、いつも、hummingと共にいたい。

 

hummingの心のまんまで。