【奇跡講座】の気づきメモ ~Humming~

「欠乏」の夢から目覚めると、「愛」そのものがわたしたちでした。

祝福の鈴が心に鳴り渡り(W レッスン40)

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2020.3.11

 

レッスン40

 

私は神の子として祝福されている。

 

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今日から、あなたが自らの本性ゆえに受け取る資格のある幸福なものごとについて、

主張することを始める。

(1:1)

 

もし忘れたら、再び試みればよい。

長い間中断したときも、再び試みる。

いつでも思い出した時に、再び試みる。

(1:4~6)

 

今日の演習には時間はほとんどかからないし、努力はまったく必要ない。

今日の概念を繰り返し、

それからあなたが神の子の属性として連想する事柄もいくつかつけ加えながら、

あなた自身に適用する。

(3:1.2)

 

私は神の子として祝福されている。

私は幸せで、安らかで、愛に満ちていて、満足している。

 

私は神の子として祝福されている。

私は冷静で、静かで、確信があり、自信をもっている。

(3:4~8)

 

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「私は神の子として祝福されている。」

 

ただそれを主張すればよいだけですと。

 

10分おきに。

 

忘れたら、ただ淡々とまた再び試みればよい、と。

 

とてもシンプルで最強です。

 

時間もかからない、努力もいらない。

 

ただそのことを思い出すだけですと。

 

なんてシンプルなんでしょう。

 

複雑な世界に執着、愛着があり、

 

複雑さに手ごたえを感じていた「自我」状態からすれば、

 

シンプル過ぎることに不満を感じ、

 

スルーしたくなるようなことです。

 

「コース」に出会う前の私にしてみたら、

 

このようなワークが拷問みたいに感じていました。

 

本当に真逆だったのです。

 

その奥の本当の理由は、

 

自分を「罪人」として扱い、

 

赦す氣などなかったのです。

 

「祝福」なんて分不相応と思い、

 

怖がっていたのです。

 

その誤解という障壁が薄れていくと、

 

心に空間が生まれ、

 

その空間に

 

「私は神の子として祝福されている」という言葉が

 

心地よい鈴のように鳴り渡っていくようです。