2020.3.16
レッスン45
神は心であり、その心とともに私は思考する。
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今日の概念は、あなたの真の想念とは何かを理解するための鍵となる。
あなたが見ていると思っているものは、
心眼(ビジョン)と少しも関係がないのと同様に、
あなたの真の想念は、あなたが考えていると思っているものとは違う。
実在するものと、実在するとあなたが思っているものとは、何の関わりもない。
あなたが自分の考えだと思っているものは、
どこから見ても、あなたの真の想念とは似ても似つかない。
あなたが見ていると思っているものと、
心眼(ビジョン)があなたに見せるものとの間には、どんな類似性もない。
(1:1~5)
あなたは神の心とともに考える。
したがって、神が自らの想念をあなたと共有するのと同様に、
あなたも自分の想念を神と共有する。
それらは同じ想念である。
なぜなら、同じ心で思考されたものだからである。
共有するということは、同じくするということであり、
ひとつにするということである。
また、あなたが神の心とともに考える想念は、あなたの心から離れない。
なぜなら、想念がその源から離れることはないからである。
したがって、あなたの想念は、あなたと同様、神の心の中にある。
それらはまた、神がいるあなたの心の中にある。
あなたが神の心の一部であるように、あなたの想念も神の心の一部である。
(2:1~8)
それでは、あなたの真の想念はどこにあるのだろうか。
今日、私たちはそれに到達することを試みる。
それはあなたの心の中にあるのだから、
私たちはあなたの心の中にそれを探さなければならない。
それがその源を離れてしまったということはありえないので、
それはまだそこにあるはずである。
神の心によって思考されたものは、
被造物の一部であり、永遠のものである。
(3:1~5)
私たちは非実在なるものを去って、実在なるものを求めることを試みる。
そして真理を選ぶために世界を否定する。
世界の考えに、私たちを引きとめさせはしない。
世界の想念が、
神が私たちにさせようとすることが不可能だと教えようとしても、
私たちは耳を貸さない。
そうではなく、
神が私たちにさせようとすることのみが可能であると認識するように努める。
(4:2~6)
私たちはまた、神が私たちにさせようとすることだけが、
私たちがしたいことだと理解しょうとする。
そしてまた、神が私たちにさせようとすることをしょうとして、
私たちが失敗するはずがないと、覚えていられるよう努める。
今日の成功に自信をもってよい理由は充分にある。
それは神の意志だからである。
(5:1~4)
この主題概念を心にとめながら、
ほんの少しの間これに関連したことを考えるようにする。
四つか五つ、自分が考えたことを今日の概念につけ加えた後、
もう一度その概念を繰り返し、次のように優しく自分に言う。
私の真の想念は私の心の中にある。私はそれを見つけたい。
そして、
あなたの心の中で真理を覆い隠しているすべての非実在の想念の前を通り過ぎて、
永遠なるものに到達しようとする。
(6:2~6)
あなたの心の中に無意味な考えや狂った想念をいっぱい散乱させているが、
そうしたものの奥には、はじまりのときにあなたが神とともに思考した想念がある。
それらはこれまでも常にそうであったそのままに、
これからも常にあなたの心の中にあることだろう。
それ以来、あなたが思考してきたすべては変化するが、
それらが依拠している基盤はまったく不変である。
(7:1~4)
今日の演習の目指す先は、この基盤である。
ここでは、あなたの心は神の心とつながっている。
ここに、神の想念とひとつになったあなたの想念がある。
この種の練習に必要なことは、
天国において父なる神と子なる神へと捧げられた祭壇に近づくかのような気持ちで練習に望むことである。
なぜなら、あなたが到達しようとしているところは、
そのような場所だからである。
どれほどの高みにまで自分が行こうとしているかを、
おそらくあなたはまだ実感できないだろう。
それでも、これまでに獲得してきたわずかな理解をもってしても、
これは無益な遊びではなく、聖性の演習であり、
神の国に到達しようとする試みであると、
自分に思い出させることはできるはずである。
(8:1~7)
今日の短い練習では、
神とともに思考する心の聖性を理解することが自分にとっていかに重要かを思い出すように努める。
一日を通してこの主題概念を繰り返すときには、
一~二分かけて、自分の心の聖性をしっかり認識するようにする。
あなたが接待主となってもてなす神にふさわしくないような想念は、
ほんのわずかな間でも、すべて脇に退ける。
そして、神があなたとともに思考する想念について神に感謝する。
(9:1~4)
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「GOT IS」
それだけ言って口を閉じる。
自我が主張したら、
それを恐れず責めず優しく迎え入れ、
光の中へ。