【奇跡講座】 気づきの記録 ~Humming~

「欠乏」の幻想から目覚めると、「愛」そのものだったと氣づきます。

「何もわからなくてよかったんだ」に行き着いて、ホッとして、「沈黙」の中にくつろぐ

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「正しい世界」を求めると、どちらが正しいか?とか、何が正しいか?とか、ずっと永遠に議論が終わらないですね。

 

この世界のしくみの中で生きるには、「正しさ」を盾にして勝ち負けに使い、「正しい」方が有利だったりするから、「正しさ」の追求という闘争が続いていきます。

 

それでも、誤魔化さずに真摯に謙虚に追及していけば、「正しさ」の追求は怖れへの防御のためだと氣づいていきます。

 

また、「正しさ」を求めれば求めるほど、「疑心暗鬼」「ジャッジ」「恐怖」でいっぱいの心になっているのにも氣づいていきます。

 

そして、、、、、本当は「本当はどっちなのかわからない」「どっちも正しくてどっちも間違い」「正しい間違いを決める事は不可能」・・・・・「そもそも何も起こっていない、”思考”の遊びだった!!!」・・・ということが見えてくるのでした・・・。

 

そんな時、これまで「正しさ」を探し求めてきた「思考」はどうしていいかわからなくなってしまいます。

 

そして、これまでの「正しい」「間違い」を土台としてきた人生にガーンと絶望します。

・・・・・

 

でもこの絶望を抑圧しないでその中に入っていくことで、「絶望」は消えていきます。

 

その後、これ以上追及することが出来ないところまで行くことで、「わからない」「降参」「あーーー、もう委ねよう」=”サレンダー”となります。(となることで究極の癒しが起こるのですね)

 

このような戸惑いから、その戸惑いの明け渡しまでが、「奇跡のコース」にて寸分の狂いもなく描写されています。

 

【心は、分離の信念を、非常に現実味があり非常に恐ろしいものにすることができる。そしてこの信念こそが、「悪魔」である。それは強力で、活発で、破壊的であり、また、それは神の父性を文字通り否定するので、明らかにに対抗している。あなたの人生を眺めて、悪魔が何を作り出したか見てみなさい。このように作り出されたものは真理の光の中では確実に溶け去るということに、ただ気づきなさい。なぜなら、その土台そのものが嘘のかたまりだからである。あなたがによって創造されたことだけが、決して揺らぐことなき唯一の土台である。なぜなら、光がその中にあるからである。あなたの出発点は真理であり、あなたは自らのはじまりに戻らなければならない。はじまり以来、多くのことが見られてきたが、実際には何も起こってはいない。あなたの心は葛藤の中にあっても、あなたの自己は今なお平安の中にある。あなたはまだそこまで戻っていない。だからこそ、こんなにも怖れを抱くのである。はじまりに近づくにつれて、あなたは自分の思考体系が破壊されるという怖れを、あたかもそれが死に対する恐れであるかのように、自分の身に感じる。死というものはないが、死を信じる信念は確かに存在している。テキスト 第3章 Ⅶ 5:1~11】

 

「何もわからない」の中にくつろぐ時、

 

ようやく本当の私たちが現れていきます。

 

まるで、ラジオのチューナーがピタリと一致するように。

 

その開放感、穏やかさ、清々しさ、という祝福の中へと溶け込むんです。

 

そして、そのための努力など一切なかったことにも氣づいていくのです。