【奇跡講座】 気づきの記録 ~Humming~

「欠乏」の幻想から目覚めると、「愛」そのものが私たちでした。

「光」を自覚するレッスン (W レッスン108)

散々見てきた「分離」の夢でした。この「夢」の中には羨望、落胆、怒り、絶望がありました。

「夢」の中にいるままで、何とか巻き返したいとあえいでいましたが、「夢」の中なので、巻き返したところで、それは消えるのでした・・・。

まるで夜見た夢が、目覚めたとたん消えるのと同じでした。

物質的なものは、残っているように思えますが、飽きてしまえば無いもの同然です。

一時的な喜びに過ぎないので、また目新しいものを探すしかなく、キリがありません。

そして、物質を追いかける限り、心穏やかでいることはできません。

 

本当に欲しいものは「確かさ」だけでした。

 

そして「確かさ」は、外にはありません。

自分の内側に住まわっている「光」なのです。

ただこれを自覚するだけです。

 

「光」の自覚を助けるのに、今日のワークはとても素晴らしいものです。

すべての人に、私は静けさを差し出す。

すべての人に、私は心の平安を差し出す。

すべての人に、私は優しさを差し出す。

(8:6.7.8)

 

与えた分量と厳密に同じ分量が戻ってくることに、あなたは気がつくはずである。

それがあなたが求めた分量だからである。

あなたが贈り物を与える相手について考えることも、役に立つかもしれない。

その人はほかの人々を代表しており、あなたは彼を通してすべての人に与えることになる。

(9:3~5)

 

「光」とは、ありとあらゆるすべてなので、延長していきます。

 

「光」の自覚が「光」を増していきます。

 

これが「与えることと受け取ることは、真理においてはひとつである」ということ。

 

こんな簡単なことにこれまでどれだけ大きな抵抗をしてきたのだろう・・と驚いています。

・・・

ワークブック レッスン108

 

与えることと受け取ることは、真理においてはひとつである。

 

この概念は、対立するように見えるすべてのものを和解させるので、その中には光がある。そして光とは何だろう。

それは、平安から生まれた解決にほかならず、それによってあなたのすべての葛藤や間違った想念が、完全に一つである概念へと還元される。

(1:2.3)

 

真の心眼を可能にする真の光は、肉体の目が見る光ではない。

それは、すっかり統合されているためにまったく闇が知覚されることのない心の状態のことである。

そうして、同じであるものはひとつのものと見られ、同じでないものは存在しないので、顧みられることはない。

(2:1~3)

 

これが、対立するものを見ることのない光であり、すでに癒されている心眼には、癒す力がある。

これが、あなたの心の平安をほかの心へと運ぶ光である。

(3:1.2)

 

ここでは、両方の側面が一緒に生じるものであり、この想念は完全なままであり続けると理解される。

この理解の中に、対立するものすべてを和解させるための土台がある。

なぜならそこでは、この一なる想念をひとつのものと捉える基準系と同じ基準で、それらが知覚されるからである。

(4:2.3)

 

完全に統合された一つの想念は、すべての想念を統合するように働く。

(5:1)

 

すべての人に、私は静けさを差し出す。

すべての人に、私は心の平安を差し出す。

すべての人に、私は優しさを差し出す。

(8:6.7.8)

 

与えた分量と厳密に同じ分量が戻ってくることに、あなたは気がつくはずである。

それがあなたが求めた分量だからである。

あなたが贈り物を与える相手について考えることも、役に立つかもしれない。

その人はほかの人々を代表しており、あなたは彼を通してすべての人に与えることになる。

(9:3~5)