【奇跡講座】 気づきメモ ~Humming~

「欠乏」の夢から目覚めると、「愛」そのものがわたしたちでした。

空間に安らぐ(W レッスン125)

今日のレッスンは染み入る。

静か。

より静か。

雑念が出ても、それも静けさに優しく優しく染み、入っていく。

言葉は必要なかった。

神の御胸に深く沈む。

 

・・・・・

 

レッスン125

 

静けさの中で、今日、私は神の言葉を受け取る。

 

今日という日を、静かに耳を澄ます日としよう。

あなたの父は、今日あなたが父の言葉を聞くことを意志している。

父はあなたの心の奥深くにとどまり、そこからあなたに呼びかける。

今日、父に耳を傾けなさい。

父なる神の言葉が世界中で聞かれる日まで、いかなる平安もありえない。

それは、世界が静かな平安の時を迎えるために聞かなくてはならないメッセージを、あなたの心の中が静かに耳を澄まして、受け入れる日である。

(1:1~5)

 

世界はあなたを通して変化する。

それ以外の方法では世界は救われない。

なぜなら、神の計画とは単純に次のようなものだからである。

すなわち、神の子には自らを救う自由があり、自らを導くものとして神の言葉が与えられており、それは永遠に神の子の心の中にあり、彼の傍らにもあり、神の意志と同じく永遠に自由な彼自身の意志によって、彼の神の家まで確実に導いていく。

彼は力づくで連れていかれるのではなく、ただ愛により導かれる。

裁かれるのではなく、聖別されるだけである。

 

静けさの中で、今日、私たちは神の声を聞く。

自分のつまらぬ雑念を侵入させず、個人的な願望をもたず、神の聖なる言葉をどのようにも判断することはしない。

私たちの本性を裁くことは不可能なので、今日、私たちは自分を裁かない。

世界が神の子に下したあらゆる裁きから離れたところに、私たちは立っている。

世界は彼を知らない。

今日、私たちは世界に耳を傾けず、沈黙のうちに神の言葉を待つ。

 

聖なる神の子よ、あなたの父が語るのを聞きなさい。

神の声は、救済と神聖な平安の時が訪れたという知らせを世界に広めるために、神の聖なる言葉をあなたに与える。

私たちは今日、神の玉座に集う。

それはあなたの心の中の静かな場所であり、神は、ご自身が創造したその聖性の中に永遠にとどまり、決してその場から離れることはない。

 

神は、ご自身の言葉をあなたに与えるのを、あなたが自分の心を神に戻すまで待ちはしなかった。

あなたが神から離れて少しの間さまよっていた間も、神があなたから姿を隠すことはなかった。

あなたが自分について抱いている幻想を、神は大切にしてはいない。

神はわが子を知っている。

神の子が夢を見ていても、また、神の子の意志が彼自身のものではないという狂った考えをもっていても、そうしたことに関わりなくわが子がご自身の一部であり続けることを、神は意志している。

 

今日、神はあなたに語る。

神の声はあなたが沈黙するのを待っている。

なぜなら、あなたの心がしばし静まり、無意味な欲求がやむときまで神の声は聞こえないからである。

静かに神の言葉を待ちなさい。

あなたの中には、今日、頼みとすべき平安がある。

その平安が、あなたの至聖なる心を助け、創造主を代弁する声が語るのを聞く準備を整えさせるだろう。

 

今日は、沈黙に最も適する時間に三回、それぞれ一〇分間、世界に耳を傾けるのをやめて、そのかわりに静かに神の言葉を聞くことを選ぶ。

神はあなたの胸よりもさらに近くからあなたに語りかける。

その声はあなたの手よりもさらに近くにある。

神の愛はあなたという存在のすべてであり、神という存在のすべてであり、神と同質のものであるあなたと同じものである。

 

神があなたに語りかけるとき、あなたが聞くのはあなたの声である。

神が語るのはあなたの言葉である。

それは、自由と平安を語り、意志と目的の一体性を語る言葉であり、父と子の一なる心の中に何の分離もないことを示す言葉である。

今日は静けさの中で、あなたの一なる自己に耳を傾け、神は一度もわが子から離れたことはなく、あなたもあなた自身から一度も離れたことはないと教えてもらおう。

 

ただ静まりなさい。

今、必要なのはこの決まりだけである。

それにより、今日の練習が、あなたをこの世界の思考を超えたところまで引き上げ、あなたの視覚を肉体から自由にする。

ただ静かにして、耳を澄ましなさい。

あなたは御言葉を聞くだろう。

その言葉の中では、子なる神の意志が、それとひとつである父なる神の意志とつながっており、完全に分割不可能にして真実なるものの間にいかなる幻想も入り込んではいない。

今日は一時間ごとに少しの間静止して、自分には静けさの中で神の言葉を受け取る、という特別な目的があることを思い出そう。