【奇跡講座】 気づきの記録 ~Humming~

「欠乏」の幻想から目覚めると、「愛」そのものだったと氣づきます。

本当に大きな誤解だった・・・(W レッスン170)

私たちは、皆、確かさという愛そのもの、「神の子」であるということは、この世界で私たちは何もする必要がなかったし、この世界がフェイクだった、、、。

 

そしてこのことを、神から「犠牲」を被っている、と感じたり、「欠如」を感じたり、空白を「恐れ」と解釈していたから、「神の子」という自覚を思い出したくなかった。

 

この世界での「役割」をもらい、演じていなければ、この世界でお役御免になってしまい、必要ない人間の烙印を押される!と恐れていた。

 

だけど、本当は、もっと奥の意識には、神に殺されるくらいなら、神を殺そうと思っていたということ。


確かさの世界から抜け出した私たちは、自分の力で、新たに確かな世界を作り出そうと血眼になって戦っていた。

 

そんなとても甚大で壮大な妄想計画を、他人事と思ったり、絵空事として片付けたくなるけど。

 

この事実を見るのを避けていたけど、ほんとは腑に落ちるし、わかって、認めて、ホッとした。


もう戦わなくていいって安堵した。

・・・・・

 

よくよく冷静になっていくと、

 

何に対して犠牲を被っていると感じていたのかがはっきりさせられた。

 

役割や、特別を必要としている呈でいたけど、


それこそが真の自分を犠牲にしていたのだった。

 

もう幻想、恐れを崇拝しない。


恐れに留まって、防衛の策を練り、役割の確保に奔走し、疲弊するという戦争の生き方を崇拝しない。

 

喜んで、この世界への関わり方を変えたい。

 

真の故郷に居るための訂正の場としてこの世界を使おう。

 

この肉体も、真の故郷に居るための道具として使おう。

・・・・・

ワークブック

レッスン170

 

神に残酷さはなく、私にもない。

 

・・・・・

 

何かに対抗して自分を防衛するとき、その何かを作り出しているのはあなたであり、あなた自身の防衛によって、それが実在性を帯び、そこから脱出できなくなっている。

武器を捨てなさい。

そのときあなたは初めて、怖れを虚偽を知覚するだろう。

(2:6.7)

 

あなたが攻撃する相手は、外にいる敵であるかに見える。

けれども、あなたの防衛が、内なる敵を作り上げているのである。

それはあなた自身と戦う異質な考えであり、あなたから平安を奪い、互いにまったく和解不可能に見える二つの陣営へとあなたの心を分裂させている。

今や、愛にはその反対のものである「敵」がいることになる。

そして今では、異質なものである怖れのほうがあなたの真の本性に脅かされ、あなたによる防衛を必要としている。

(3:1~3)

 

あなたの空想上の正当防衛が想定通りに展開されるための手段について、

注意深く検討してみるなら、その考え方がどのような前提に立っているかを知覚することができる。

まず第一に明らかなのは、想念はその源を離れるはずだという前提である。

なぜなら、攻撃しているのはあなたであり、それを初めに考えついたのもあなたに違いないからである。

けれども、あなたは自分の作り出した分裂は実在していると信じ込んで、自分自身の外側を攻撃し、攻撃される相手から自分の心を分離させている。

(4:1-3)

 

愛が敵になると、残酷さが神とならざるをえない。

そしてそのような神々は、その崇拝者たちに対し、神々の命令に従い、決してそれらを疑ってはならないと命じる。

そのような命令に分別があるのか、正気であるのかを問う者には、厳しい処罰が情け容赦なく与えられる。

分別がなく狂っているのは常に敵方であり、個の神々がいつも情け深く公平だとされる。

(6:1~4)

 

最後の妨げは、それが無であると信じることが最も難しいものである。

頑丈な岩塊のごとき外観を呈し、突き通すことはもちろん、恐ろしくて乗り越えることなどできないかに見えるその妨げとは、神ご自身の対する恐れである。

ここに、恐れの想念を神としてあがめる根本的な前提がある。

恐れは、それを崇拝する者たちによって愛されており、今や愛は残酷さを備えているように見えるからである。

(9:3~5)

 

今日あなたが下す選択は確実である。

なぜなら、あなたは自分が刻んだこの石像を最後にもう一度だけ見て、もはやそれを神とは呼ばなくなるからである。

あなたはこれまでにもこの地点に達したことはあったが、この残酷な神がまた別の形で自分の中に留まることを選択した。

それゆえに、神への恐れがあなたに戻ってきた。

今度こそ、あなたはそれをそこに置いていく。

そして、恐れの重荷を背負わずに戻っていく新しい世界は、恐れで見えなくなった目で見る世界ではなく、あなたの選択があなたに回復させた心眼によって見える新しい世界である。

(11:1~6)

 

今やあなたの目はキリストに属するものとなり、キリストがその目を通して見る。

今やあなたの声は神に属するものとなり、神の声をこだまする。

そして今や、あなたの胸は永遠に安らぐ。

あなたは偶像にかわるものとして神を選んだのであり、創造主から与えられたあなたの属性が、ついにあなたに戻されたのである。

神からの呼びかけは聞かれ、応えられた。

今や、神ご自身が残酷さと入れ替わり、恐れが愛に道を譲った。

(12:1~6)

 

父よ、私たちはあなたと同質のものです。

私たちの中に残酷さはありません。

あなたの中にそれがないからです。

あなたの平安は私たちの平安です。

そして私たちは、ただあなたから授かったものだけで世界を祝福します。

私たちはもう一度選択します。

そして、兄弟全員が自分とひとつであることを知りつつ彼らのために選びます。

私たちは今、あなたから救済を受け取りました。

私たちは同じやり方で、それを兄弟たちにもたらします。

また、私たちを完全にしてくれる兄弟たちについて、感謝いたします。

私たちは、彼らの中にあなたの栄光を見て、彼らの中に、平安を見出します。

あなたの聖性が私たちを自由にしてくださったので、私たちは神聖です。

そして私たちは感謝を捧げます。

アーメン。

(13:1~11)