神の呼びかけの中にいる以外のところは不安定で孤独で喜びのない場所だったし、
常に怒りに満ち、不平不満を見つけた。
そして、それは選択の問題だったし、
夢を見ていた。
私はもう「自我」の中にいることは選ばない。
いる必要がないことも、十分わかった。
もう罪悪の磔から下りていいのだ。
自我の要求は、「個人」の強化。
神はその地獄の夢から目を覚ますまで、優しく待っていてくれた。
目を開けるだけだった。
そこには、なにもかもがあった。
なにもかもから包まれ愛されていた。
愛が私だったよ。
もう夢の中に隠れません。
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ワークブック
レッスン183
私は神の名と私自身の名に呼びかける。
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今日は、神の名をゆっくりと何度も何度も繰り返すことだけを練習する。
神の名以外の名は、一切忘れてしまいなさい。
ほかには何も聞いてはならない。
あなたのすべての想念を、このことに根づかせなさい。
練習の初めに今日の主題概念を一度だけ述べたなら、あとは、これ以外にどんな言葉も用いない。
そうして神の名は、私たちがもつ唯一の想念、唯一の言葉、私たちの心を占める唯一のものとなり、私たちの唯一の願い、意味のある唯一の音、そして私たちが見たいと願い自分のものと呼びたいあらゆるものの唯一の名となる。
(6:1~6)
神の子が神の一部であり、神の名において創造していることを是認する。
黙して座り、神の名を、あなたの心を完全に包む包括的な想念となるようにする。
これ以上の想念はすべて静める。
そして、ほかのすべての想念にはこれをもって応える。
そして、存在しているすべてとこれから存在するすべてのものに一つの名があることを認識せずに、あなたが自分の想念に与えた無数の卑小な名前が、神の名へと入れ替わるところを見る。
(8:2-5)
神の名にあなたの解放と求めるなら、それは与えられる。
この祈りはその中にすべてを含んでいるので、これ以外の祈りは不要である。
神の子が父の名に呼びかけるとき、言葉は重要ではなく、何も要請する必要はない。
父の想念が彼自身のものとなる。
彼は父が与えたすべて、今も与えており、永遠に与え続ける一切を自分のものとして宣言する。
彼は自分が作り出したと思ったすべてのものを、今や名無しのものとさせるように神に呼びかけ、そうしてそれらにかわって神の名が、それらを無価値とした彼の判断を表すものとなる。
(10:1~6)
すべての卑小なるものが沈黙する。
卑小なざわめきは今や音を失う。
地上の卑小なものは姿を消した。
宇宙は唯一、父に呼びかける神の子だけで構成されている。
そうして父の声が父の神聖な名において答える。
この永遠にして静かなる関わりの中、親交が一切の言葉をはるかに超越し、言葉が伝えうるものをその深みにおいても高みにおいても凌駕するところに、永遠の平安が存在する。
父の名において、私たちは今日この平安を体験しょうとする。
そして神の名において、それは私たちに与えられる。
(11:1-8)