【奇跡講座】 気づきの記録 ~Humming~

「欠乏」の幻想から目覚めると、「愛」そのものだったと氣づきます。

求めていたものは「ひとつ」だという自覚(W レッスン185)

分離の夢を見ていたいと願い、この肉体を自分と思い込もうとしたけど、

 

もう夢はここまでにしたい。

 

本当は分離なんか望んでいないのに氣がついたから。

 

「ひとつ」に戻る事の安らぎやときめきに勝るものはない。

 

「愛」に溶け込む以外の場所に居場所はない。

 

「神の計画」だけがリアリティ。

 

創造されたままの私たちを自覚する。

 

何もかもをゆだねたい。

 

「全ては良きことのために」。

 

だから、「自我の計画」を退けます。

 

私は何もわかっていません。

 

自我の計画を立てません、立てることなどできなかったのです。

 

神にゆだね、お世話してもらいます。

 

「全ては良きことのために」。

 

神の意志は私の意志です。

 

兄弟の意志は私の意志です。

 

「今」を祝福します。

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ワークブック

レッスン185

 

私は神の平安を望む。

 

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今日の練習では、あなたが依然として大切にしている夢を探し出すために、心の中を念入りに検索する。

胸の中で、あなたは何をもとめているのだろうか。

願いを立てるときに自分が使う言葉のことは忘れなさい。

何が自分に慰めと幸福をもたらすと信じているのかだけを、よく考えなさい。

しかしいまだに残っている幻想を目にしても狼狽してはならない。

今や問題となるのはそれらの形ではないからである。

また、恥や秘密はほかの夢に押しつけて、いくつかの夢だけを許容できるものとしてはならない。

それらは同一のものである。

そして同一のものであるから、その全部に対し、一つの問いが問われなければならない。

「これが、天国や神の平安のかわりに、私が望んでいるものだろうか」と。

(8:1~8)

 

彼は、神の意志であるものを自分自身に拒否することによって自分を欺くことは、もうやめたいと、求めているだけだからである。

(11:2)

 

今日、私たちが追及するのはこの一なる意図である。

それは私たちの願望を、すべての胸(こころ)の必要性と合一させ、すべての心の叫び、絶望の向こうにある希望、攻撃が隠そうとする愛、そして、憎悪が切り離そうとしたが今も神が創造したままに存続している兄弟愛と合一させる。

傍らにこうした助力がありながら、今日、私たちが神の平安を要請してそれが得られないということがあるだろうか。

(14:1-2)