【奇跡講座】 気づきの記録 ~Humming~

「欠乏」の幻想から目覚めると、「愛」そのものが私たちでした。

質問がなくなる(レッスン230)

創造されたままの私です。

これ以上求めるものはなにもなかったということにとどまると、

ホっとする。

何しても、何もしなくても、

誰といても、誰ともいなくても、

どこにいても、どこにもいなくても。

 

質問も疑問もなくなる。

 

どうしたらいいか?

何したらいいか?

このままでいいのか?

これは正しいのか?

これは良いのか悪いのか?

 

そんな疑問が一切なくなる。

 

・・・

ワークブック

レッスン230

 

今、私は神の平安を求め、それを見つける。

 

私は平安の中で創造された。

そして平安の中に、私はとどまる。

真の自己を変える力は、私には与えられていない。

私を創造したときに永遠なる平安を授けた父なる神は、何と慈悲深いことだろう。

今、私はただ真の私でいることだけを求める。

そして、それが永遠の真理であるというのに、私にそれが拒まれることがありえようか。

 

父よ、あなたが私を創造されたときに、私のものとして授けてくださった平安を、私は探し求めます。

そのとき授かったものは、今もここにあるはずです。

私の創造は時間とは関わりがなく、今もいかなる変化も超越しているからです。

あなたの子は平安のうちにあなたの心の中に生まれ、その平安は、今も変わらずそこで輝いています。

私はあなたに創造されたままの私です。

あなたから授かった平安を見出すためには、私はただあなたに頼めばよいだけです。

あなたの子に平安を授けたのは、あなたの意志だからです。

(1・2)

・・・・・

 

平安は、

 

抑圧してきた膨大な闇に光を当てて、抑圧してきた中身と対面した後に訪れる。

 

まさか、こんなにも自分が自分を"罪深い人間"だと信じていて、

 

この信念を撤回する気も全くない、

 

と頑なに決めていたなんて思いもよらなかった。

 

誰よりも自分が自分を裁いていた。

 

こうして、無意識のすみずみに光を当てないと、

 

罪意識の信念の深さに気づくことは出来なかった。

 

時間をかけて無意識を見つめることが、

 

逆に時間の短縮になる。

 

光は一なるものなので、

 

葛藤も問題も終わるから、

 

葛藤や問題への選択に煩うことはなくなる。

 

光に選択はない。

 

選択がないという先に、

 

平安がある。