泣いたり笑ったり怒ったり傷ついたり怖がったり、と
感情が湧き、
思考が止まらないのは、
自分という固有の存在を信じていて、
その固有さがゆさぶられる時。
その固有さが脅かされる時。
そして、
固有さが”自分”だと勘違いしていたので、
固有さから出る感情も自分だと思い込んでいた。
真実は、
固有さという自分などどこにもないということ。
固有さに固執していただけ。
真のアイデンティティは、「全体」。
「全体」ゆえに、一度も離れていない。
これまでは、
分離を妄想し「固有」を作り出した自分を、ゆるしたくないという思いに駆られたけど、
この思いも、分離という固有さをキープしたいがためだ。
思考は思考を正当化したいもんね。
それでも、少しずつ、
あんなに固執して忘れられなかった、
数々のネガティブな思いに対して、
どうしてあんなにまで、執着していたのか?
首をかしげるほど、どうでもよくなっている。
笑えてくる。
こうやって、
少しずつ、
分離の夢から目覚めるのだなって。
焦らないで、解放が起こるに任せよう。
「思考」はどちらにせよ取るに足らない。
「感情」も同じ。
そして、その根源は「空(くう)」だから、
それは消えてゆく。
・・・
ワークブック
レッスン236
私は、自分だけが統治できる自分の心を統治する。
・・・・・
私には統治すべき王国がある。
時には、私は少しもその国の王であるようには思えない。
むしろ王国のほうが私の上に君臨し、何を思い、何を為し、何を感じるべきかを私に告げているように思える。
しかしそれは、その中に私が知覚するどの目的にでも仕えるものとして、私に与えられている。
私の心はただその目的に仕えるだけである。
今日、私は心の働きを聖霊に差し出し、聖霊がふさわしいと思うものに使ってもらう。
そのようにして、私は、自分だけが統治できる自分の心に指令を与える。
そのようにして、自分の心を自由にし、神の意志を行えるようにする。
(1:1-8)