自我に対して、小馬鹿にしたような、呆れたような、突き放したような、そんな態度をしていたのは、自我を恐れていたからだった。
表面では笑って、受け入れたふりして、そんなウソつきな自分を軽蔑していた。
とにかく、茶化していたのは、恐れていたからだ。
愛への恐れは自我への恐れ。
自我への恐れは愛への恐れ。
だったのだ。
自我をたっぷり愛したら、そのまま愛へと入りいる。
自愛やインナーチャイルドのセラピーの根幹。
本当にゆるすという覚悟。
本当に見抜くという覚悟。
それは自我を充分「わかってあげる」こと。
まるごと愛なのだから。
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ワークブック
レッスン306
今日、私はキリストの贈り物だけを求める。
天国にそっくりな世界が見えて往古の記憶がよみがえるような一日を、キリストの心眼がもたらしてくれるというのに、今日、私はそれ以外の視覚を使いたいだろうか。
今日、私は自分が作り出した世界を忘れることができる。
今日、私はすべての怖れを通り越し、愛と聖性と平安を取り戻せる。
今日、私は贖われ、慈悲と庇護の世界、愛に満ちた優しさと神の平安の世界へと、新たに生まれる。
そのようにして、父よ、私たちはあなたのもとに帰ります。
自分が一度もそこを離れなかったことを思い出し、あなたから与えられた神聖な贈り物を思い出します。
ありがたく感謝しつつ、私たちは両手を空にし、心を開いて、あなたが与えてくださるものだけを求めてみもとに参ります。
私たちはあなたの子に対し充分な捧げものをすることはできません。
しかし、あなたの愛の中で、彼にはキリストの贈り物が与えられます。
(全文)