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怒り、恐れが、取り去られてしまうと、何も語る必要がなくなる。
これまで、必死に「個人」という罪意識の方に張り付いていたんだなぁ。
この世界をリアルに仕立て上げるために、価値がないものに価値を見たり、解釈に余念がなかった。
本当に狂っていたなぁ。
癇癪をにぎりしめていたときは、癇癪の元になっているものをどうにかしなきゃいけないと考えていたけど、自分が勝手に作り出しただけだ。
外には何もない。
昨日も、ある人を通して、「癇癪」に触れたけど、びっくりした。
私もかってはこんなにも「個人」に埋没していたのかと、ちょっとクラクラした。
それは、自我の残像の残り火。
だからこそ、そんな私とその人が、本当は神の恩寵の中で安らいでいるのを認める機会だった。
本当にあるものだけの中にいる。
神の恩寵の中にいる。
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ワークブック
レッスン348
あなたに包まれている私には、怒りや恐れの原因はありません。
知覚されるどの必要性においても、あなたの恩寵だけで充分に満たされます。
父よ、あなたがここにおられ、私がひとりではないと、思い出させてください。
私を包んでいるのは、常しえの愛です。
私には、あなたと共有する完璧な平安と喜び以外に何かをもたらす原因はありません。
私が怒りや恐れを必要とする理由などあるでしょうか。
私を包むのは完璧な安全です。
あなたの永遠の約束が私とともにあるとき、私におそれるべきものなどあるでしょうか。
私を取り囲んでいるのは、完璧な無罪性です。
あなたがあなたご自身の聖性と同じように完璧な聖性のうちに私を創造されたというのなら、私が何を恐れたりするでしょう。
神が私たちに行わせようとするあらゆることにおいて、私たちは神の恩寵を受け取り、それだけで充分に満足する。
そしてそれだけを、私たちは自分の意志とし、神の意志とするという選択をする。
(全文)
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