感謝の感覚はあたたかい。
これが与えられたところにおいて受け取られるから、感謝をためらわないでいよう。
感謝の出し惜しみなんてやめよう。
正しく生きるなんてやめよう。
優しく生きよう。
そして、それは心地よい。
優しくできない時は、「条件」をかかげたとき。
「条件」は自我のもの。
だから、自我を取り下げる。
そして、優しさを選ぶ。
優しさは感謝。
感謝は感謝を生み出す。
与えられたところにおいて受け取られる。
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レッスン197
私が得られる報酬(もの)は、自分自身からの感謝のみである。
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これは、自分の力に敵対する外的勢力が存在するという信念から、あなたの心を自由にするための第二のステップである。
あなたは親切になって赦そうと試みる。
けれども、外側に感謝の気持や、あふれんばかりの謝意を見出さない限り、再びそれらを攻撃に変えてしまう。
あなたからの贈り物は、敬意をもって受け取られなければ撤回される贈り物である。
だからあなたは、神からの贈り物は、よくしても、借り物だと思っている。
あるいは、悪くすれば、神があなたをだまして防衛を奪い去り、一撃で確実に殺せるようにするための欺瞞だと考えている。
(1:1~4)
ほかの人があなたの贈り物に価値がないと思ったとしても、それは問題ではない。
その人の心の中には、あなたに感謝してあなたの心をつながっている部分がある。
あなたの贈り物が何の効果もなく失われたように見えたとしても問題ではない。
それらは与えられたところにおいて受け取られる。
(4:1-4)
自分の外に見えていると思っている罪を、赦しに取り去ってもらうことを学びなさい。
(6:2)
この信念が終わるとともに、怖れが永遠に過ぎ去る。
これについて、あなたの自己に感謝しなさい。
その自己はただ神に感謝し、自分自身であるキリストに向かってあなたのことを感謝するかられある。
誰もがキリストの中に生き、活動しているので、キリストは生きているすべての者のもとにいれやってくる。
父と子の意志あひとつのものなので、父の内にあるキリストの実在は確かである。
父と子が創造したすべてに向けられる父と子の感謝には終わりがない。
感謝は愛の一部であり続けるからである。
(7:1~5)
神聖な神の子であるあなたに感謝しよう。
創造されたままに、あなたはすべてを一なる自己の内に含んでいるからである。
そして、あなたは今も神が創造したままのあなたである。
あなたはまた、自分の完璧さの光をかげらせることはできない。
あなたの胸の奥に、神の胸が置かれている。
あなたは神自身であるから、神はあなたを愛しみ、大切にしている。
あなたの本性ゆえに、すべての感謝があなたに属している。
(8:1~7)
神から与えられた機能を忘れていたときには自分に拒んていた感謝を、今、受けるに値する者となりなさい。
しかし、神があなたへの感謝を一度でも止めたことがあると思ってはならない。
(9:7.8)