【奇跡講座】 気づきの記録 ~Humming~

「欠乏」の幻想から目覚めると、「愛」そのものが私たちでした。

愛という性質の誤解が解かれていく(レッスン207)

自我の解釈は、”愛は犠牲を伴うもの”だと信じられている。 自我は、愛を「犠牲」だと思い込んでいるから、自分の中の愛を自覚し、その愛を出すことは疲弊することであり、自分の愛は減ってしまうのだと思い込んでいる。 そして犠牲になりたくないから、愛を…

卑小さから目を覚まして神を体験する(W レッスン183)

神の呼びかけの中にいる以外のところは不安定で孤独で喜びのない場所だったし、 常に怒りに満ち、不平不満を見つけた。 そして、それは選択の問題だったし、夢を見ていた。 私はもう「自我」の中にいることは選ばない。 いる必要がないことも、十分わかった…

心は愛で出来ている(W レッスン171)

「どうせ私は愛される資格はない。だから、私も誰も愛さない」 こんな信念を胸に秘めてきた。今考えると、crazyだなぁ。ほんとにつくづく。 この信念を隠し持っていたことをはっきりと意識に上げることをしてこなかった。 どこかで、この信念がひっくり返る…

私は、神が創造したままの私である(W レッスン162)

昨日の「不機嫌さ」というピンポイントの心の隅のひだにたどり着いて感謝しかない。 これまでも、「犠牲心」や、「拗ねている心」とか、「愛の欠如」という言葉で、どんどんと闇が暴かれていってたのだけど、 「不機嫌さ」が一番しっくりきました。 幼いころ…

「なんで怒ってるの?私のせい?」(W レッスン161)

コースの表現では、分離による「罪悪」、「怒り」、「不平不満」という言葉で表されていると思いますが、 私のこれまでの人生においては「不機嫌さ」という表現がしっくりきます。 外側の世界に見ていた「不機嫌」さ。 幼いころはつねに不機嫌な母や祖父のご…

一日百回でも千回でもたっぷり癒される(W レッスン156)

神とのひととき。 聖霊とのひととき。 イエスとのひととき。 私とのひととき。 夫とのひととき。 遠くのあの人とのひととき。 全部がひとつ。 「光」の中。 これ以上何を求める必要があるのだろう。 ひとつになるとこんなにも安らかなのに、何を怖がっていた…

軽い心(W レッスン144)

少しの間、動きを止めて、静まりなさい。 そして、あなたが自分の心から鎖をはずし、心が自らのくつろげるレベルを自然に見つけるままにするとき、あなたがどれほど高くこの世界から離れて昇っていくかを見なさい。 心は、少しの間、自由になれたことを感謝…

退く練習(復習Ⅳ 序・レッスン141)

どれだけの間、赦そうとしない夢を見続けていただろう。 そうして、その夢に入り込んでいる間であっても、神に抱かれ、その腕の中で眠りこけていただけだった。 目を覚ますだけでよかった。 眠っているふりをしてても、神はそっとしてくれておいた。 自らが…

犠牲と期待(W レッスン122)

この世界は赦しを練習する場所。 その赦しとは、訂正ということ。 間違っていたことをただ間違っていたと認めるだけ。 そして実在そのものは全く穢されてはいない。 ただ忘れ去られていただけ。 犠牲と期待という自我の泣き叫びをただ見よう。 そして、実在…

ゆるしがわたしを目覚めさせてくれた(W レッスン121)

私は悪くない。 被害を被ったのだと言い張り、寄せ付けようとしなかった人々。 どうしても許せないし、どうせ許してくれない。 この思いの数々を全部全部、内なる教師に差し出した。 ただ瞬時に「光」がそれを溶かしてくれる。 私は何もしなくてよかった。 …

拒否してきた愛(W レッスン118)

今日の私たちの練習は少し違った形で始める。 今日はまずはじめに、神の平安の法のもとでは自らの当然の権利であるはずの平安と喜びを、あなたによって拒否された兄弟のことを考えてみよう。 それで、あなたは平安と喜びを自分自身に拒否したのである。 だか…

喜ばないと決めたあの時に戻って訂正する(W レッスン116)

罪は存在しないと教える。 そして、罪から生じるに違いないとあなたが信じている一切は、原因がないので決して起こることはないと教える。 自分が神の子を悪魔にしてしまったという信念をいつまでも大切にしていないで、開かれた心で贖罪を受け入れなさい。 …

全部がひとつ(レッスン115)

ここにいる私の機能は、私が犯したすべての誤りについて、世界を赦すことである。 そのようにして、全世界とともに、私がそれらの誤りから解放されるからである。 (レッスン115 1:2~3) ・・・・・ 自分の全部と、ありとあらゆる人の全部と、この世…

「光」を自覚するレッスン (W レッスン108)

散々見てきた「分離」の夢でした。この「夢」の中には羨望、落胆、怒り、絶望がありました。 「夢」の中にいるままで、何とか巻き返したいとあえいでいましたが、「夢」の中なので、巻き返したところで、それは消えるのでした・・・。 まるで夜見た夢が、目…

”静けさ”が贈り物(W レッスン106) 

自我という思考は、ずっと私を混乱させ続けてきた。 欠乏という思考は、ずっと私を外につなぎ止め、内側に向かないようにしてきた。 「静けさ」とは。その思考から解放される、ということ。 その「静けさ」というそのものが「豊さ」という恩寵そのものなのだ…

”幸せは外にある”という頑なな心のほどき方(W レッスン104)

「幸せ」が自分の心の中にあって、それをただ眠らせていただけで、その目覚めにだけ意識を向けていくことだけでいいのだと氣づくまでは、 なにかしら、「外」をキョロキョロと探したりして、氣を散らせてしまう。 「奇跡講座」は、ただ素直に取り組むだけで…

愛には限界がなく、至るとことに存在する(W レッスン103) 

「真理」「真実」を求めているときは、全く苦しまないし失敗もしないとコースに述べられている。 なので、苦しく思える時、なにかしら辛い時は、求めていることや、求めているもの、見ているものが、間違っている、見当違いだということに、と氣づく。 「幸…