【奇跡講座】 気づきの記録 ~Humming~

「欠乏」の幻想から目覚めると、「愛」そのものだったと氣づきます。

私の攻撃的な考えが、決して傷つくことのない私の強さを攻撃している。(W レッスン56) 

私の攻撃的な考えが、決して傷つくことのない私の強さを攻撃している。

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攻撃的な考えってなんだろう?と考えると、

 

「違い」を見つけて、

 

良いとか悪いとか、好きとか嫌いとか、わかるとかわからないとかって裁いてること。

 

「違い」を見ることが「攻撃」なんだなぁと。

 

あらゆるものを「同じ」と見る。

 

そうしたら、裁く必要がなくなる。

 

「自我」にとっては刺激がなくなるから、つまらなく感じたりして、都合が悪いけど。

 

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私の心の中、分離と攻撃という狂った考えの背後には、すべてが永遠にひとつであるという智識が存在する。(5:2)

 

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ひとたび、自分の「思い」を脇に退けて、「永遠」の方に意識を向ければ、

 

自我が夢中になっていた「違い」は色あせていく。

 

「違い」は必要なくなって、

 

「同じ」の中に満ち満ちていく。

 

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ワークブック レッスン56

 

復習

 

1・(26)私の攻撃的な考えが、決して傷つくことのない私の強さを攻撃している。

2・(27)何にもまして、私は真にみたい。

3・(28)何にもまして、私はものごとをこれまでとは違った見方で見たい。

4・(29)私が見ているあらゆるものの中に、神がいる。

5・(30)私が見ているあらゆるものの中に神がいる理由は、神が私の心の中にいるからである。

 

私の見ている世界は、私が作り出した自分像の恐ろしい性質を証言している。私が誰であるかを思い出したければ、この自分像を手放すことが必須である。

それが真理と置き換えられるとき、心眼は必ず私に与えられるだろう。そしてこの心眼を通して、私は世界と私自身を慈しみと愛を抱いて眺めるだろう。(2:3~6)

私のすべての狂った願望の向こうに、父の意志とひとつになった私の意志がある。

神は今も、あらゆるところで、一切のものの中に、常しえに存在する。

そして、神の一部である私たちは、やがてすべての外観を超えたところを見て、それらすべてを超越した真理を認識するだろう。(4:4~6)

そして、神の想念の一部である私は、その想念のほかの部分とひとつであり、神ともひとつである。(5:5)

 

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