【奇跡講座】 気づきの記録 ~Humming~

「欠乏」の幻想から目覚めると、「愛」そのものが私たちでした。

罪や悪は幼稚なゲーム(レッスン250)

恐怖を煽るようなニュースやドラマ作品などに、最初はむきになって怒っていたし、裁いていたけど、

 

そんなことする必要はなかったんだなぁって。

 

よく考えたら、

 

それらはどうしたってあり得ないこと。

 

作られた物、

 

まがい物だし、

 

そして、

 

全部が、元は「愛」だから、

 

特に何の問題もなかった。

 

どこにも問題はない。

 

全部、優しさであり、

 

全部、神聖な光。

 

・・・

ワークブック

レッスン250

 

私自身を、限られた者として見ることがありませんように。

 

・・・・・

 

今日、神の子を見て、彼の栄光を証言しょう。

彼の中の神聖な光を陰らせ、彼の強さが衰えて虚弱となるのを見ようとするのはやめよう。

また、彼の中に欠乏を知覚して、それを理由に彼の主権を攻撃しようとするのはやめよう。

 

父よ、彼はあなたの子です。

今日、私は自分の幻想のかわりに、彼の優しさを見たいと願います。

彼は私自身であり、私は、彼を見る通りに自分自身を見ます。

今日、ついに彼と自分を同一視できるように、私は真に見たいと願います。

(1・2)

 

・・・・・

ワークブック編 第2部(P495)

 

4.罪とは何か?

 

狂人の夢はぞっとするほど恐ろしく、罪は身の毛がよだつほど怖いものに見える。

だが、罪が知覚するものは、幼稚なゲームにすぎない。

神の子は戯れに、邪悪さと罪悪感の餌食である肉体となって、

死ねば終わるはかない生命と化した、というふりをすることはできる。

しかしその間も父の光は彼を照らし、彼がどんなに偽装しても微塵も変わらぬ永遠の愛をもって、彼を愛している。

(4:1-4)

 

神の子よ、あなたはいつまで罪のゲームを続けるつもりなのだろう。

こうした刃先の鋭い玩具を片づけようではないか。

あなたはいつになったら故郷に帰る用意ができるのだろう。

それは今日だろうか。

罪は存在しない。

被造物は不変である。

それでもまだ、天国への帰還を咳に延ばしたいのだろうか。

ああ、聖なる神の子よ、

いったいいつまで、あなたはそれを続けたいのだろう。

(5:1-8)