【奇跡講座】 気づきの記録 ~Humming~

「欠乏」の幻想から目覚めると、「愛」そのものが私たちでした。

何も証明しなくていい

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いや〜本当に、これまでの自分って、

「いい人」でいなきゃ、「正しい人」にならなきゃ、「頑張っている人」だと思われなきゃという感じで必死でした。

 

「いい人」「正しい人」「頑張っている人」じゃないと認められない、社会的にも死活問題、そして、愛されない、と思い込んでいましたので、良く思われるように取り繕ったり、努力したり。


また、自分の内側に「わるい人」「間違ってる人」「頑張っていない人」があれば、それを見つけ次第、とことん責め続けています。


 ということは、自分が「いい人」「正しい人」「頑張っている人」であるというイメージをキープするためには、外側に「わるい人」「間違ってる人」「頑張っていない人」を設定しなきゃいけないのでした。

 

外側の人と自分を比べて、安心したり優越感を感じたり、または、裁くことで、自分が「いい人」「正しい人」「頑張っている人」であると証明していたのでした。

 

これらの分離の世界にどっぷりとはまっていたのです。

 

私たちは、信じている世界を見続けますので。

 

「奇跡のコース」を学ぶまでは、「投影」という働きを深く理解できていませんでしたので、

 

まさか、「いい人」「正しい人」「頑張っている人」であらねばという自分自身のイメージを持ち続けるために、外側の人たちを勝手に「わるい人」「間違ってる人」「頑張っていない人」として作り出していた(投影)なんて!

 

「奇跡のコース」では、「皆、同じ」「ひとつ」「全一」とあります。

 

「私とあなたは違うのよ!」という分離の見方を続ける限り、ずっと「いい人」「正しい人」「頑張っている人」であり続ける必要がありますし、

 

そして、ずっと、外側に「わるい人」「間違ってる人」「頑張っていない人」を見つけて、出会い続けて、イライラしたり、怒ったり、傷ついたり、裁いたり、怖がったりしていたのです。

 

良い悪い、正しい間違ってる、などの解釈に惑わされ、必死にしがみついていましたが、そうすればするほど、「分離」を強化し、リアルさを演出させ、自分と外側との隔たりを作り続ける。

 

このまま「分離の世界」を信じ続けたら、一生、問題も、悩みも、不安も、恐怖も、孤独も、一喜一憂も、終わりません。

 

なんて、しんどい世界なんでしょう。

 

もう、分離の世界を見るのは止めよう!と心から決心しました。

 

この2年あまり、「奇跡のコース」を通し、これまでの「私とあなたは違う!」という自我の信念との同一化から、これらの「思考」を見つめる側へと見方を育み、全ては「同じ」だったという気づきの移行へと、レッスンしてきました。

 

真実とは、「いい」「わるい」、「正しい」「間違い」、「頑張ってる」「頑張っていない」など、両極に分かれているものなど存在しなく、何も分離していないし、どっちであっても、それに意味も価値もない、ということです。

 

自我状態の立場からは、この真実はショックでした。

これまでの頑張ってきた自分はなんだったのか、、、

「自分」がなくなっちゃうのではないか、と、唖然となったり狼狽えましたが、そのショックも抑圧せずに、聖霊に差し出し続けるだけです。

 

そして、今は心からホッとしています。

 

「なんでもなさ」という喜びが広がっていきます。

 

当たり前のありふれた奥にある揺るぎなさ。

 

自然で、

 

直の生命という永遠。

 

1番近くに最初からあったのでした。