【奇跡講座】 気づきの記録 ~Humming~

「欠乏」の幻想から目覚めると、「愛」そのものだったと氣づきます。

(レッスン210)

私という自我の考えは、

 

自我が作り出した世界用のものなので、

 

自我の世界的にはとても役に立ってきた。

 

自我の世界は「防衛」とそのための「取引き」で成り立っていて、

 

それと同様に、私の考えは「防衛」と「取引き」という機能だった。

 

だから、「犠牲心」が当たり前だった。

 

「犠牲」の居心地の悪さから逃れたい。

 

だけど、自我は、今すぐに「安らぎ」を選ぶなんてできないよ、と言い張る。

 

自分でどうにかしなきゃって思うけど、そうすれば、自我に留まることになる。

 

過去と未来に張り付いて、今に居られない。

 

それはいつも脅かされている。

 

そして、自分でそこから抜け出そうと、色々試みる。

 

そしてまた、自分で舵を取って、時間に張り付く。

 

もう、やめよう。

 

何にも出来ないし、何もする必要がないのだ。

 

ただ手を離す。

 

自分の人生だと思い込んでいるものから、目を離すだけ。

 

ノイズの去ったその奥に、静けさと全てがある。

 

一度、全てを体験すれば、ここだけがリアルだと喜びがわく。

 

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ワークブック

 

レッスン210

 

復習

 

1.(190) 私は苦痛のかわりに神の喜びを選択する。

 

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苦痛とは私自身の考えである。

それは神の想念ではなく、神からも神の意志からも離れて私が考えた想念である。

喜びが神の意志であり、喜びだけが愛するわが子に対する神の意志である。

だから私は自分が作り出したもののかわりに、喜びを選ぶ。

(1:2-4)

 

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